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2018年2月19日月曜日

カルフォルニアロール

 お寿司の話。

 海外の人って日本では考えられないような具材をスシロールにして、甘くて辛くて酸っぱい彼らの大好きな味付けで食べるシーンをテレビでよく見ますよね。

 いつぞやに、日米双方の有名寿司店のシェフ対決がありました。そして、アメリカ人のシェフの寿司は、辛くて甘くて酸っぱいソースのオンパレードとアメリカ感満載でした。

 まあ、どちらが美味しいとかは好みだし、どっちでもいいんですが、アメリカ人シェフの「日本は伝統に捕らわれすぎて新しいチャレンジをしない」的な発言…

 寿司、ひいては和食のことがなーんにも分かってないのかな?分かってて発言するならまだしも、ほんと何にも分かってない気がするんですが…

 寿司ってのは引き算の芸術。如何に素材の旨味を引き出すかの一点。だから、シンプルゆえに難しく、奥が深い。対してアメリカの寿司。あちらの料理同様に完全に足し算の料理。色んな味の具材やソースで味を足していって完成させる。なので、ものすごく極端なことを言えば、素材はどうでもいい…は言い過ぎですが、素材の不出来を他の具材や調味料やソースでごまかす料理になってるものも多いんじゃないでしょうか?

 日本の寿司ってのは引き算が大前提。って肝心のことが分かってないから、寿司なんてライスに生の魚をのっけただけの過大評価された料理なんてアホな意見が蔓延するのかも知れません。

 足し算の料理と引き算の料理なんだから、見た目は似てても中身は完全に別の料理ですよね。まあ、アメリカの寿司シェフが、日本の引き算の寿司もいいですが、アメリカの足し算の寿司も色々な可能性がありますよ、ぐらいな発言をしてれば、大いに同意したかもしれませんが。

 日本の歌舞伎や舞台は、登場人物が少なく、主役や脇役の強弱もはっきり。向こうのオペラやミュージカルは多くの役者が登場し華やか。こういうのって料理の性格を表してたりするんですかね?

低温調理の秘密

 当店ではかなり前から、ウォーマーを使った低温調理の実験を繰り返してます。鶏、豚、牛、鴨、羊、鹿などの肉や魚を部位によって区分けし、温度と時間の関係を測定しては、理想の火入れを追求しています。

肉の場合、温度と火入の関係はかなり大雑把ですがこんな感じです。

50~60度:肉の太い筋線維であるミオシンが温度で変性
ミオシンが変性すると、肉に火が入って食べられる状態になります。

60~66度:肉の細い筋線維アクチンが変性を開始する
アクチンが変性すると、肉が収縮し、肉汁が追い出され、食感も固くなります。

68度~ :コラーゲンが加速度的に変性を開始する
肉と脂肪の部分がほぐれて柔らかくなります。というか、煮崩れていきます。

まず、大前提としての火入れの理想は、ミオシンはしっかりと変性し、アクチンは一切変性させない、そして、コラーゲンはしっかり火を入れてほぐすことです。

では、実例として、豚バラで角煮を作ってみましょう。
温度は54度でやります。おっと、ここで「ん?」と思われた方もいるでしょう。
そうです、食品衛生管理の指針として中心温度75度で1分間の条件を満たしませんね。
つまり、低温調理をする=衛生管理の指針を無視ということになるんです。

では、食中毒は大丈夫なのか?豚肉なんて特に危ないんじゃ?と思われるでしょう。
この食中毒原因菌の生存温度をご覧ください。
D値というのは、その温度で最近を1/10に減少させる時間です。
これを見ると、温度耐性のある主要食中毒菌も50度で数時間も加熱すれば、限りなく減少します。
ちなみに、当店で54度で豚バラを低温調理する場合、恐ろしく長い時間加熱しています。

 おっと、その前に調味液の味を豚バラにしみこませます。これは、調味液に豚バラを24時間ぐらい漬け込みましょう。調味液の濃度にもよりますが、それ以上やると浸透圧の関係で肉汁の流出が多くなります。

 次に、調味液を染みこませた豚バラをジップロックに入れ、サラダオイルで満たします。油と肉汁の分子の大きさが違うので、オイルで包み込むことで肉汁の流出を大きく抑えられます。真空パックでもいいのですが、真空だと陰圧が常にかかっている状態ですので、包装が肉を圧迫して肉汁を流出させることにつながります。

 ここで気づいた人もいるでしょう。そう、肉をオイルで包んで加熱するはコンフィの要領ですね。

 そして、肉を常温に戻し、54度設定のお湯にジップロックをドボン。これで、あとはほったらかしです。

 そうそう、もうひとつの注意点。同じ豚肉でも、ロースやヘレの赤身と、バラや肩ロースの赤身は性質が違うんです。ロースやヘレは、同じ54度で加熱した場合、1~2時間もあれば、すぐに火が入り、どんどん固くなっていきます。

 しかし、豚バラや肩ロースの赤身部分は、時間をかけるほど柔らかくなります。これはコラーゲンの量が多いのが理由だと思います。実はこのコラーゲンが、ミオシンやアクチンと同じかそれ以上に重要な低温調理の要素なんですね。

では、54度のお湯にドボンした、オイルパックの豚バラの変化を見ていきます。

1日目(24時間):赤身に火は入ってますが、思ったより柔らかくなってません。そして、脂肪部分は固すぎて、とても食べれたものじゃありません。だって、コラーゲンは68度からほぐれていくので、54度じゃ当然固いままですよね。そうして、もしかしたら低温調理で豚の角煮とかを作ろうと思っても全然あかん!って断念した人がいると思います。

2日目(48時間):あれ?気のせいでもなんでもなく、赤身も油の部分も柔らかくなってきてます。どういうことでしょうか?実はコラーゲンは、54度でも、ゆるやかにほぐれていっているのです。68度というのは、ほぐれが一気に進み始める温度なだけで、それより低い温度でも少しずつほぐれていっているのです。

3日目(72時間):きっとあなたは、今まで食べたこともない衝撃の角煮を食べることになるでしょう。

 一般的なレシピの高温で煮込んだ豚バラは、赤身の肉汁を全放出したあとに、コラーゲンがほぐれます。なので、赤身部分は繊維状にすっとほぐれますがで肉汁が残ってなくてパサついた出来になります。

 ところが、54度で3日間煮込んだ豚バラの角煮。赤身も脂身もプルップルです。お箸で簡単に崩れます。しかも、赤身部分はまるでローストポークのように肉汁たっぷりで、普通に煮込んだ豚の角煮とは次元の違う美味しさです。1日目では固くて食べれなかった脂身の部分もコラーゲンがしっかりほぐれゼラチン状でプルップルです。

 この方法でつくった肩ロースをトンカツにしたら、気絶しそうになるぐらい空前に旨いトンカツができちゃいます。まあ、トンカツにする場合は、そこからさらに色々と工夫がいるのですが。

 普通は72時間もかけて低温調理するなんて酔狂なことはしないでしょうね。だけど、うちの店では当たり前のようにやってます。低温調理器にドボンするだけですからね。楽なものです。

 なお、これは豚バラの角煮(あと、牛スジやスペアリブなども)専用であって、他の肉や部位だと温度ももう少し高くして、部位によっては、早ければ20分、長くても2時間~3時間でやってますので、お間違えなく。

うーん、今回の記事には、通常では分からない、実験を繰り返したからこそ分かるたくさんの価値ある情報が詰め込まれていると思うのですが、果たして、どこまで価値を感じてもらえるかな…